2012年8月16日 (木)

活動量計

最近、屋島登山にハマっている。

小学生メタボの次男坊と競い合って登っている。

 

そこで利用しているのが「活動量計」

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今日は10,186歩(6.8km)歩いて、総消費カロリー(基礎代謝+活動カロリー)は2,070kcal、そして30.7gの脂肪が燃焼したらしい。

3日で100g、30日で1kg、、、ということは、、、

獲らぬ○の皮算用にならないようにしよう!と誓ったのである。

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2008年7月28日 (月)

久しぶりの雷(雨)

夕方、高松付近はすごい雷。

でも、雨は。。。焼け石に蝉のションベンくらい。

早明浦ダムは貯水率55.5%ということ(28日19時)。フィーバーしてる場合か、って感じだ。

ものままじゃぁ、14年ぶりに高松砂漠が再現されそうだ。

 

こんな中、仕事から帰ってメタボ対策。

雨に遭いそうだったので、家の下の池の縁をくるくる回り。約3,400歩。

よく頑張った。

Cimg1438 昨日はきれいな夕焼け。今日はここを行ったり来たり。

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   KSB瀬戸内海放送  HP

   8月28日(木)午後2時50分

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2008年1月19日 (土)

禁煙

今日は予約状況からすれば「ヒマな1日」と思いきや、新患が4名、それもバラエティーに富んだ患者さんだった。

 

血管疾患を扱っていると、こちらから「禁煙しなさい」と勧める患者さんは多数いる。そして、何人かは「考えてみます」という患者さんはいる。知り合いにも勧めている。

しかし、今日は初めて自分から「禁煙したい」と希望して来院した患者さんが来た。

20歳代の若い女性。17歳の頃から吸い始めたヘビースモーカーである。

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当院は開院以来すぐに「ニコチン依存症管理算定料」算定要件を満たし保険診療ができる施設認定を取得している。

つまり、禁煙指導に対して保険が適用ができるクリニックである。

ニコチンパッチやガムを用いて、12週間にわたってプログラムを実践していき、禁煙を成功させるわけである。

施設認定を取得するにはそれなりの要件があった。

それだけではなく、患者さん側にもいくつかの要件がある。
(1)ニコチン依存症に係わるスクリーニングテスト(TDS)で、ニコチン依存症と診断された者であること
(2)ブリンクマン指数(1日の喫煙本数×喫煙年数)が200以上である者であること
(3)直ちに禁煙を希望している者であり、「禁煙治療のための標準手順書」に則った禁煙治療についての説明を受け、文書によって同意している者であること

施設側、患者側ともにいろいろと要件を満たさなければ保険診療としての禁煙治療が受けられないということである。

 

前記の女性は、自身だけでなくご主人も禁煙をさせたいという。しかし、ご主人自身が禁煙を強く希望している場合でないと難しいと思う。

つい先日、受動喫煙者(ご主人が喫煙者)の女性が、そうでない女性に比べて肺癌に罹患する確率が2倍であるというデータが示された。

また、高松市でも今年3月からタクシーは禁煙になるという。タクシーに乗るたびに運転手さんに聞いてみるが、できることなら禁煙したいという人が非常に多い。

飲食機関、公共施設、その他いろいろなところで禁煙を実施するようになった。

喫煙者には肩身の狭い時代になった。

 

身体に悪いとわかっていて喫煙している方。止めたいがそのきっかけが掴めない方。他人(家族)の身体のことを思いやる気持ちのある方。

この際、禁煙に踏み切ってはいかがでしょうか。

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2008年1月14日 (月)

友人、同僚、先輩・後輩、同業者などなど

おはようございます。

連休は最終日。そして私の長~い連休も最終日である。

今回の件でお見舞いに来てくれたみなさん、ありがとうございます。

このブログにコメントを寄せてくれた、”ぼくちん”さん、”かねごん”さん、”N山”さん、”白衣のナース”さん、その他の方、ありがとうございます。

 

術後3週間目であるが、日々良くなっているのが実感できるようになってきた。

私も医師。いろいろな手術を手がけてきた。しかし、いつから仕事に行っていいとか、いつから運動をしてもいい、などということに関しては所謂「エビデンス」は知らず、大体のことを言ってきた。

執刀医の先生にも、運動やお酒について聞いてみたが、「無理することはない」、「心拍が上がるほどは飲まない方がいい」、「血圧は上げない方がいい」などということであった。

私自身の判断としては、やはり術後1ヶ月は控えておこう、その後徐々に始めていこう、である。決して一生運動できないわけではない、一生お酒が飲めないわけではない、と考えている。

しかし、定期検診(検査)だけは必ず受けておこう。

 

明日からはいよいよ職場復帰である。

下肢静脈瘤レーザー治療を2件予定している。既に予定している下肢静脈瘤日帰り手術はこなしていこうと思っている。しかし、これから予定を入れる手術は、決して無理のないように組んでいこうと思う。

 

友人、同僚、先輩・後輩、同業者のみなさん、これからも温かく見守って下さい。

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2008年1月13日 (日)

家族

今回の件でいちばん心労を重ねたのは家内だろう。

開業に際しても、私自身よりも心配し、その上よく動いてくれているのは家内である。

そして私の健康問題である。

発症してからは「少し頭が痛い」くらいしか言っていなかった。「腰も痛い」と言うと、腰痛解消のビタミン剤(?)も買ってきてくれた。首や腰のマッサージもしてくれた。

「早く病院に行きなさい」とも言ってくれたが、昼から休みの木曜日まで辛抱するつもりであった。

しかし、階段の昇降もままならなくなった火曜日に「絶対に明日病院に行きなさい」と言われ、少々弱気になっていた私は従った。

もしかすると命の恩人かも知れない。

後日、執刀医から手術の状況を聞いた私はゾォ~っとした。

「瘤の壁はものすごく薄くて、中の血流が渦巻いているのも見えた。ちょっとのフィブリンで破裂孔が栓されていただけで、いつ再破裂しても不思議ではなかった。」

本当に命の恩人である。

 

家内は手術の話を聞いて相当なショックを受けていたようだ。

手術室に入ってからは、私は3日間ほどほとんど意識がなかった。

おそらく、手術した日の夜は寝ていないだろう。そして、それから約10日間は部屋の床にボンボンベッドを置いて寝てくれていた。いろいろ世話を焼いてくれていたようである。

意識が戻りご飯が食べられるようになってからは、家でお弁当を作って持ってきてくれた。

もちろんその間も子供達の世話もしていた。

本当に苦労をかけたと思う。

子供達、お互いの両親にも心配をかけたと思う。

 

家族あっての現在の私である。

娘はわかってかどうか、今でも私の隣のベッドで寝てくれている。家内に「息が止まったらすぐに大声で起こしなさい」と言われながら。

家族とは本当にありがたいものである。

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2008年1月12日 (土)

血管外科

頭痛はほとんどなくなった。創痛も感じない。

血圧は朝夕ともに110/75mmHg前後で安定している。薬も飲んでいない。

頭は坊主で無精ひげを生やしているので、「ちょい悪オヤジ」ともいえるが、それよりも昔の「田舎の老けた中学生」みたいだ。

体重は4kgくらい減ったが、帽子をかぶっておけば「普通の人」のように見えるようになった。

 

私はこれまで「血管外科」を専門にしてきた。動脈も静脈も。

数年前までは、自分の手で「心臓の血管(冠状動脈)」や「胸部大動脈」の手術を行っていた。その後は、人工心肺が使えなくなったので、腹部大動脈以下の「末梢動脈の手術」を中心に行うようになった。

静脈は、このブログにも書いてきたように「下肢静脈瘤日帰り手術」を中心に、深部静脈血栓症なども多く手がけてきた。

 

領域(科)は違うものの、血管外科手術を受けたのは間違いない。

医師がそれぞれ専門とする疾患の手術を受けるということはどう思うのだろう、と考えたこともあった。しかし、まさか自分がそういう立場に置かれるとは考えてみたことはなかった。

 

そして今回、自分が血管疾患を患ってしまった。

で、どう思ったか。

受診する前からほぼこの疾患を患っているといことは予測がついていた。CT室の前でこの疾患の説明文書を渡されていた。原因、診断、治療法、そして予後まで。

家内も同じ文書を読んでいたが、「こんなんなってどうするの?」と言っていたように思う。それほど予後の悪い病気である。

手術が必要であると伝えられた時。

昨日の記事に書いたように、素直な気持ちで聞くことができた。その瞬間、家内はカーテンの陰で泣いていた。ものすごいショックだったようだ。

当の本人は、悲しみというよりモヤモヤしていたものが吹っ飛び、なぜか晴れやかな気持ちになっていたように思う。

執刀していただいたのは、約20年前からおつき合いしていただいていた先生である。「疑う」といった気持ちは全くなく、「お任せする」といった気持ちだけだったようだ。

「(末梢)血管外科医」が「(脳)血管外科医」の手術を受ける。

執刀する方は嫌だったのかも知れない。でも、受ける方は本当に全幅の信頼を置き、何の蟠りもない気持ちであった。

理想的な執刀医と患者の関係だったのかも知れない。

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2008年1月11日 (金)

無事帰還

みなさん、お久しぶりです。

今年初めてなので、「明けましておめでとうございます」

というか、松の内が過ぎたので、「寒中お見舞い申し上げます」ですかね。

 

昨年12月25日以降なぜ更新できなかったのか?

実は、(実質)生まれて初めて「入院」してました。それも「緊急」で。

病名は「SAH」。(分からない人は調べて下さい)

あまり思い出したくもないので、詳しくは書きませんが一応の経過だけ。

 

発症は12月20日(木)でした。

教科書通り、「今まで経験したことのないような突然の頭痛」で発症しました。

よく「ハンマーや金属バットで頭を殴られたような痛み」と表現されます。しかし、それを知っていて発症する人も少ないと思いますので、本当にそのような痛みかどうかは分かりません。

私の場合には、いわゆる「頭痛持ち」ではなかったので、何か変なことが起こったのかなぁ、と思ったのが実情でした。

その日からというもの、「頭痛」は続きましたが、その他は特に症状はありませんでした。

12月22日(土)も後輩と一緒に飲みに出ました。飲むと頭痛が和らぐので、いつも通りにしっかりと飲みました。

翌23日(日)朝には、これまた今まで経験したことにない「腰痛」が出てきました。

その腰痛は見る見る間に広がり、翌日には臀筋にまで痛みが出てきて、排便時のいきみ、クシャミの時などに激しく痛むようになっていました。

これまで(といっても学生時代?)学習した知識を総動員して自己判断したところによると、これは絶対に「髄膜刺激症状」が起こっているのだと。

では、なぜ髄膜刺激症状が起こっているのか?それはウイルス性あるいは無菌性の髄膜炎か。

いやいや、発症時の状況、経過からはやはり原因としては「SAH」だと思うようになりました。

 

12月25日(火)には頭痛は軽快せず、それより何より両下肢痛がひどくなり階段の昇降もままならなくなり脳神経外科専門医の受診を決意しました。

本当はクリニックが午後休診の27日(木)に受診したかったのですが、とてもそれまで待つことはできなくなってました。

12月26日(水)の午前中に知り合いの専門医に電話。発症からの経過について説明、指示を仰ぎ同日昼間に検査を受けることとしました。この電話だけで、先方には何が起こってどうなっているかが伝わっていたようです。

CT、MRIなどの検査を受け、最終的には髄液検査で「確定診断」が得られました。

 

診断はもちろん間違いなく「SAH」

 

ここまで来るともう逃げられません。(もちろん逃げ出したかったのですが)

私「カテでコイリングというのはダメですか?」

専門医「場所、大きさからいってriskの方が高いでしょう」

私「では手術ですか?」

専門医「そう」

私「今日ですか?」

専門医「そう」

私「わかりました」

ということで、それ以上の言葉もなく目を見つめ合って手術を受けることとしました。

家族にはその後詳しく話があったようですが、私にとっては必要ありませんでした。

専門医の先生と目を見つめ合いながら話をすると、こんなにも心が素直になれるのだと初めて感じました。

 

手術はその日の夕方から始まり、約6時間ほどかかったそうです。

 

ちょうど2週間入院して、今年1月8日(水)に退院しました。

 

自分が初めて病気らしい病気をして、初めて手術を受けて、そしてお医者さんに初めて命を預けたということについて、明日からも少し書き込んでいこうと思います。

 

それにしても、こんなに元気にしてもらい本当に感謝しています。

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2007年9月18日 (火)

ヒマな1日

今日は特にアポはなかった。

午前中は検査室、手術室に掛ける時計、ゴミ箱などを購入に行った。

時計は文字盤が大きく見やすい「電波時計」にした。機能重視である。

 

午後からは歯科医院へ。

昨年来、治療途中のまま放置していた。開業後はなかなか行くことができないだろうと思い、やっと重い腰が上がった感じである。

しかし、歯医者は何度行ってもあの「キィ~ン」という音にはゾンゾが走る。

 

帰ってからは専らホームページの作成。

だいぶできあがってきた。10月初め公開予定。

乞うご期待!

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2007年9月 9日 (日)

ちょっと気になることが

水不足がまた話題になってきた。

早明浦ダムの貯水率が70%を切って68.7%になったということ。平年値が82.9%ということなのでだいぶ少なくなっている。

8月16日までは100%だったということであるが、猛暑、小雨もありどんどん減ってきているようである。

屋島の木々も枯れるのも納得できるか。

1 遠くから見た屋島

2 自宅からの屋島

 

もう一つ気になる話題が。

生存率に5倍格差 県別心肺停止患者の救急搬送

心筋梗塞(こうそく)などで心肺停止状態になり、救急搬送された患者の1カ月後の生存率が、都道府県によって約5倍の格差があることが7日、総務省消防庁が初めて行った調査で分かった。

 心肺停止状態で搬送されたのは全国で延べ1万6257人で、1カ月後の生存率は7・19%(1169人)だった。

 都道府県別では、佐賀の生存率が最も高く、搬送した73人のうち10人で13・70%。次いで宮崎13・29%、高知12・75%だった。一方、最も低かったのは山口で、搬送187人のうち1カ月後の生存は五人で2・67%。香川は77人搬送し生存は3人で3・90%だった

 

 この格差の背景には、家族らによる応急手当の有無、AEDの配備状況、消防と医療機関の連携などが関与しているらしい。

 しかし、香川県は低い!おそらく救急専門医が少ないのだろう。設備というよりやはりマンパワーかな。

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2007年6月26日 (火)

院内勉強会

今日の訪問者.

広告会社と中古医療機器会社の営業担当者.外来が忙しかったこともあり,長時間お待たせした.後者は待ちきれずに資料だけ置いて帰ってしまったようだ.

前者は,以前訪問を受けた検査会社の担当者と同じくらいの若者.やはり口の利き方が全くなっていない.詳しくは書かないが,こんな営業担当者を野放しにしてお客の所に行かせるような会社などとは付き合いたくない...と思うくらいだった.いい会社かも知れないが,担当者で損をしていると思う.いやはや,上司がかわいそう,というか哀れな気がする.

 

夕方は病院の勉強会の講師を務めた.

内容は私が得意とする「下肢静脈瘤の診断から治療まで」の話だ.

現病院に赴任した翌年(1993年)から今月までの手術症例の解析を紹介し,実際の患者の写真をたくさん提示しながら話をした.最後には手術風景のビデオも流した.

病棟看護婦といえども,患者の送り迎えがするが手術室の中でどのようなことが行われているのか知らない者が多い.生々しいビデオであり,中には「うぇ~」といった声も聞かれたが,雰囲気は味わってもらえたと思う.

明日からの診療に役立ててもらいたいものだ.

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